どうも、こうちんです。
さて、今日はこれまでとはまたガラッと趣向を変えて、新しいトライをしてみたいと思います。
何故か太宰治。。
趣味で書いてみた自作小説
実は、私趣味で小説を書いていたことが一時期ありまして、、せっかくブログも始めたことだし、こちらの趣味も再開してみようかな、なんて考えています。
で、かなり昔に書いたものではありますが、いくつか皆さんにも読んでいただけたら、と思いまして公開することに致しました。
数分程度で読み切れる短編ですので、是非お付き合いください(^^)。
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『罠』
時計はもう深夜の1時を廻っていた。私は駅から15分程の自宅のマンションに向かって歩いていた。周囲には全く人気がなく、しんと静まりかえっていた。
「まったく、すっかり遅くなったな。明日は朝早いっていうのに。」
私はぶつぶつと独り言を言いながら、マンションの入り口のロックをはずし、エレベーターに乗り込んだ。そして、9階のボタンを押し、扉を閉めようとした。すると一人の男が慌てて駆け寄って来た。
「すいませーん。ちょっと待って下さい。」
私は「開」のボタンを押し、その男がエレベーターに乗り込むのを待ってから、扉を閉めた。
「いやあ、どうもすいません。」
「何階ですか?」
「あ、えーと私も9階で結構です。」
その男は、見るからにうだつの上がりそうにない中年男だった。頭髪は見事なまでに禿げ上がり、小柄で小太りな体型をしていた。それに出っ歯で、何とも間抜けな顔をしており、ズボンのチャックが半分開いていた。
(こういうのが会社で真っ先にリストラにあうんだろうな。)
男には失礼だが、そんなことを考えながら、私はエレベーターの階数表示を見つめていた。
そして、3階を過ぎた時のことであった。突然ゴトンッと大きな音がして、エレベーターが動かなくなってしまったのである。男はその時の衝撃でバランスを崩し、しりもちをついた。
「何だ?停電か?」
エレベーター内の照明は消えていなかったので、停電ではなさそうである。どうやら、エレベーターが故障したようである。
「ひ、ひいい。う、動かなくなっちゃいましたよ。」
男は異常なまでに動揺していた。
「大丈夫ですよ。非常ボタンを押せば管理室か警備会社に連絡が行って、すぐに直しに来てくれますよ。」
そう言って私は非常ボタンを押した。しかし、何度ボタンを押してもまったく反応がなかった。
「あれ?くそう。おかしいな。非常ボタンまで故障したか?」
「あわわわ。ど、どうしよう。か、か、完全に閉じ込められちゃいましたよ。」
「だから、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。」
私は携帯電話を取り出し、110番か119番に通報しようとした。しかし、どういうわけか電波が届かないという表示が出てしまい、外部との連絡がいっさいできなくなっていた。
「くっそう。携帯まで故障したか?あなた、携帯電話持ってますか?」
「い、いえ。あのう。も、持ってないんです。す、すいません。」
(まったく、とことん使えない男だな。)
さすがに私もイライラし始めた。しかし、ここで私までもが冷静さを欠いてしまうわけにはいかなかった。
「わああ!だ、誰か、誰か助けてくださーい!」
男は叫びながら狂ったように扉を叩いた。
「こんな時間に起きてる人間なんかいませんよ。そのうち警備員が巡回してきて、気付いてくれますよ。それまで気長に待ちましょう。」
そうは言ったものの、私も内心不安になっていた。
(もし、朝までここから出られなかったら、まずいことになるな。いや、まだ2時前じゃないか、大丈夫だ十分時間はある。)
私は座り込んで壁に寄りかかった。男は恐怖でぶるぶると震えていた。
「わ、わ、私は怖いんです、こ、怖いんですよう。」
「だから、大丈夫ですよ。あなたも座ったらどうです。」
それから1時間程過ぎただろうか。外部の人間がエレベーターの故障に気付いた気配は、いっこうになかった。男は相変わらずうずくまって、ぶるぶると震えていた。
時計はもう3時を廻っていた。私は時間が気になり始めた。
(くそう!。このままじゃあ本当にまずいぞ。)
私は、午前9時成田発のマニラ行きの飛行機に乗らなければならなかった。遅れることは絶対に許されない。そのためには、4時40分までには荷物をまとめて出発し、55分発の始発列車に乗る必要があった。こんなことなら、空港のホテルに泊まるべきだったと後悔した。
「うわあああ!わ、私は、も、もう限界だあ!」
「うるさいな!頼むから黙っててくれ!」
私も平常心では居られなくなっていた。もうこれ以上、外部の誰かが故障に気付いてくれるのをあてにするわけにはいかない。どうにかして、自力でここから抜け出す方法を考えなければならなかった。
「あ、あのう。お、お願いです。あなた、その窓から飛び降りて、た、助けを呼んできてもらえませんか?わ、私はもう耐えられない!」
「窓?」
(そうか!どうして今まで気が付かなかったんだろう。)
エレベーターには、私の肩ぐらいの高さに小さなガラス窓が付いていた。その窓と建物のガラス窓がちょうど重なる位置にエレベーターが止まっており、うまい具合に外が見えるようになっていた。
(よし!これならいけるかもしれないぞ。)
私は、2重になっているガラス窓を開けた。すると、外から夜の冷たい風が吹き込んできた。
「ひいいい。さ、寒い!」
男は、まだ3月だというのに、どういうわけか半袖のYシャツ1枚しか着ていなかった。だが、そんなことにいちいちかまっている場合ではなかった。私は窓枠に足をかけ、身を乗り出して下を見た。
「うっ。た、高いな。」
下を見て、私は完全に怖気づいてしまった。地上までは10メートル程の高さがあり、しかも地面はコンクリートの駐車場になっていた。とても飛び降りることはできなかった。私は諦めてエレベーターの中へ戻った。
「だめだっ。この高さじゃあ飛び降りるのは無理だよ。せめてこの半分ぐらいの高さだったら何とかなるんだがなあ・・・。」
「じゃ、じゃ、じゃあこういうのはどうです?あなたの着ている上着とスーツ、それと・・・わ、私のズボンを結び合わせてロープを作るんですよ!それを伝って降りればいいじゃないですか!ロープは、わ、わ、私がしっかり抑えてますから!」
「何だって?」
なるほど、この男にしては実に名案だった。確かにこの方法なら無事に外へ出られるかもしれない。いや、しかしこの男に私の体重を支えるだけの力があるだろうか?もし、途中でこの男が力尽きでもしたら、私はコンクリートの地面に叩きつけられることになる。かといって手作りのロープを確実に固定できるような場所もない。いっそのこと私がロープを支えて、この男に行かせるか?いや、どう見てもこの男にそんな芸当ができるわけがない。行くならやはり私が行くしかない。しかし・・・。
(くっそう!やっぱり駄目だ。危険すぎる。)
「確かにいい方法だが、危険すぎる。もっと安全なやり方を考えよう。」
私は再び座り込んで、壁に寄りかかった。
(落ち着け。冷静に考えるんだ。必ず良い方法があるはずだ。)
それからさらに時間が過ぎた。外部の誰かが故障に気付いた様子は、やはりいっこうになかった。私はあらゆる手段を考えてみたが、どう考えても突破口はあの窓以外にはなかった。
(やはりこの男の言う通りにするしかないのか?いや、そんな危険なことはできない。いっそのことマニラ行きを諦めるか?冗談じゃない!それこそ俺の身の破滅じゃないか!)
時計は4時10分を指していた。私の焦りとイライラはすでに頂点に達していた。
「あ、あのう・・・。」
「何だよ!うるせえなっ!」
「そ、それが、そのう、も、漏れそうなんです・・・。」
「ふざけんな!この野郎!俺だってさっきから小便してえの我慢してんだよ!てめえも我慢しやがれ!」
「い、いえ、そうじゃなくて、じ、実はそのう・・・。」
「な、何だと、お前、ま、まさか・・・。」
「す、すいません。きょ、今日は朝から腹の調子がどうも悪くて、そ、そのう、もう我慢できないんです!」
「て、てめえ!この野郎!死んでも我慢しやがれ!ただじゃおかねえぞ!このハゲヤロー!」
焦りとイライラと怒りが入り混じり、私の頭は完全に混乱していた。
「うわあああ!も、もう駄目だあ!」
「や、やめろ!やめろっつってんだろ!コノヤローッ!やめろおーっ!」
男はズボンを下ろしてしゃがみ込み、あられもない音をたてて、大便を放った。
「ううっ、くっ、くおお!」
強烈な臭いがたちこめてきた。私はたまらず鼻を押さえた。もう我慢の限界だった。1分たりともここには居たくなかった。
時計はもう4時半を過ぎていた。もう迷っている時間はない。私はとうとう決断した。
「あーっ!畜生!わかったよ!やりゃあいいんだろ、やりゃあ!」
そう言って、私は上着とスーツを脱いで、袖と裾を結び手製のロープを作り始めた。
「ほら、アンタのズボンも貸・・・、え?な、何だよ。どうしたっていうんだ?」
気が付くと、男は立ち上がって、恐ろしいほど鋭い眼光で私を睨みつけていた。今までとはまるで別人に豹変していた。いったい何が起こったのか私にはさっぱりわからなかった。
「お前、深川昌平だな。」
「なっ、何だとっ?」
その名前を聞いて私は愕然とした。
「あ、あんた、まさか・・・。」
男はポケットから警察手帳を取り出した。
「県警の戸塚だ。」
「くっ、くっそう!」
私は戸塚を突き飛ばし、窓から飛び降りようとした。しかし、圧倒的な力で引きずり降ろされ、顔面と腹に強烈なパンチを喰らった。この男のいったいどこにこんな力があったのか?今となってはそんなことはどうでも良いことだった。
「ぐ、ぐほおっ。」
私は腹這いに寝かされ、戸塚が馬乗りになった。もう逃げるのは不可能だった。私は観念した。
「な、何故俺が深川だとわかった。」
「この右足太腿の刺し傷だよ。何しろこの傷しか手がかりがなかったからな。ころころ偽名変えて、整形して顔まで変えやがって、まったくお前にはてこずったよ。」
「くっ・・・。」
「俺は2年間お前を追い続けていたんだ。そして、ようやく一昨日お前がこのマンションにいること、今日海外へ高飛びするらしいということを突き止めたのさ。」
「・・・。」
「だが、お前が深川だという確証はなかった。逮捕に踏み切るには、どうしてもお前にズボンを脱いでもらって、この傷を確認する必要があったんだ。それも高飛びされる前にだ。」
「もし俺が深川じゃなかったらどうする気だったんだ。」
「その時はその時だ。最後まで猿芝居を続けるか、平謝りに謝るか、まあ、俺には絶対に自信があったけどな。」
そこまで話すと戸塚は鞄から妨害電波の発信機を取り出し、電源を切った。そして、携帯電話を取り出した。
「おい、もういいぞ。降ろせ。」
すると、エレベーターが動き出し、1階で止まると扉が開いた。扉の向こうには3人の警官が待ち構えていた。
「まったく、最後の最後までてこずらせやがったな。この俺にウンコまでさせやがって。」
「な、何て奴だ。」
(俺はこんな怪物を相手に今まで逃げ回っていたのか。)
「深川昌平。31歳。麻薬取締法違反容疑で逮捕する。」
私は、後ろ手に手錠をかけられた。
完
今日も訪問いただき、ありがとうございました。