中年化とうつ病に立ち向かう技術者オヤジの『生き方研究所』

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私の中の【尾崎豊】〜うつ病と共に

どうも、こうちんです。

早いものでGWももう後半突入ですね。。

さて、実は先日本屋さんでこんな雑誌の特集を見つけたんです。

 

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普段は雑誌をわざわざ買うことなど滅多にないのですが、尾崎豊熱烈なファンである私は思わず買ってしまいました。

私ら40〜50代の世代は少なくとも名前くらいは皆知っているかと思いますが、30代以下の若い世代で知っている人はほとんどいないかも知れませんね。

こういうタイプのアーティストはここ数十年出てきていないんじゃないでしょうか。

 

尾崎豊との出会い

初めはカッコよさに惹かれて

今から30年くらい前、、高校一年生の時でしたね。

当時すでに人気が出ていたのですが、「テレビにはあまり出ない」、「優等生じゃなくて不良のコに人気」、てのがこうちん少年にとってはスゴくカッコ良かったんですよね。

17歳の地図

で、始めて聴いたのがこのデビューアルバム。

まず惹かれたのが、「アイラブユー」や「オーマイリトルガール」、曲の美しさに魅了されたのを覚えています。

歌詞やメッセージ性に惹かれ

初めは曲の美しさに惹かれていたのですが、その後、「卒業」、「僕が僕であるために」、「シェリー」、などと好きな曲が増えてくるにつれ、歌詞の中に込められた心の叫びというか強烈なメッセージに惹かれていきました。

 

うつ病と共にあった尾崎豊

もどかしい少年の想い

尾崎豊との出会いの後、程なくしてこうちん少年は長い鬱状態へと突入してしまうわけです。。

このうつ状態の期間中、良くも悪くも頭の中はいつも尾崎豊の曲がグルグルと回っていました。

歌詞に込められたメッセージとのシンクロ

どうにかしたいと必死にもがくのだが、どうにもならない。。

何かがおかしいと感じながらも、何が正しいのか答えがわからない。。

そんな言葉にすることが難しい思春期の強烈な感情を、見事に表現していたように思います。

それが、当時のこうちん少年のような若者達の熱狂的な支持に繋がったんでしょうね。

 

大人になってからも

何故かうつ病と共に寄り添ってくれた尾崎豊

歌詞自体は少年や若者の想い代弁したものが多いわけですが、何故か大人になった今でも私の中で色褪せることがありません。

何かに挫折したり苦しい状況の時って、実は少年時代に必死でもがいた状況と本質的には変わらないんじゃないかと思うんですよね。

苦しい時って結局「答えがわからない」時なんじゃないかと思うのです、答えさえ分かっていれば大抵のことは解決できますものね。

 

とういうわけで、今日は私の大好きな尾崎豊について語ってみました。

特に尾崎豊を知らない若い世代の人達には是非一度触れてみて欲しいですね。

 

今日も訪問いただき、ありがとうございました。